善き人のためのソナタ

blixen2007-02-27

 いつもなら火曜日は映画に行かないことにしているのだけれど、テアトル系の無料鑑賞券の有効期限が2月いっぱいできれるので、シネセゾン渋谷で黒沢清監督の「叫」を観にいくことにした。黒沢作品は最近はどうもホラーの方にいってしまっているが、「ドッペルゲンガー」まではわりと好きで観ていたのでまあいいっかという感じで観た。で、観てみると、思ったよりかなり良かった。やっぱり葉月里緒菜はこわかったけれど、小西真奈美の役があることでストーリーに深みがでてきたし、本当にこわいのは小西真奈美の役だよなあ。それに都市であることの哀しみみたいなものを随所に感じられたし、いいんじゃないかなと思う。
 この後、シネマ・ライズまで行って「善き人のためのソナタ」も観ることにした。アカデミー外国語映画賞も受賞したし、ちょうど前売り券も持っていたので。(シネマライズはいつの間にか全席指定方式に変わってたんですね。)ストーリーは1984年の旧東ドイツのベルリンが舞台で、シュタージの局員ヴィースラーが、劇作家ドライマンと同棲している女優のクリスタの二人が反体制派である証拠を握ろうと彼らの住んでいるアパートを盗聴するというもの。非人間的ともいえるシュタージの官僚であるヴィースラーは盗聴を通じてドライマンやクリスタの生き方にだんだん共鳴していき、彼らの反体制活動を握りつぶしていく。この過程が映画ではとても丁寧に静かに描かれていて、本当にすごい!ヴィースラーがドライマンの家からひそかに盗み出したブレヒトの詩集を読むところ、あのブレヒトの詩が最高にいいですね。それに反体制派として仕事をほされた演出家が自殺したあとで、その演出家がドライマンにプレゼントした「善き人のためのソナタ」をドライマンがピアノで弾くシーン。ヴィースラーはその曲を盗聴していてショックを受けるんだけれど、観ているこちらもそのショックを共感できるほどこの曲は美しかった。(ガブリエル・ヤレドの作曲。)
 映画の背景である旧東ドイツのシュタージの制度の残酷さに今更ながら暗澹たる気持ちになるけれど、この映画は単にシュタージ告発映画というのではなく、それ以上に人間ドラマとしてよくできていると思った。ヴィースラー、ドライマン、クリスタ役(クリスタ役の女優さんは「マーサのしあわせレシピ」のマーサ役の人ですね。最初、気づかなかった。)の役者はみんな演技がうまいし、存在感がある。それにストーリーとしても感動的であり、シュタージとドライマンの反体制活動と両者の間にいるヴィースラーのかけひきにはハラハラさせられる。最後まで緊張感があってよどみがない映画だった。また、ドイツ映画特有のダサいラストシーンもなくて、この映画はラストも品よくまとめられている。終わったとたんに感動を追体験したくなり、帰りにドイツ語の原作を買って、家に帰っていっきに読んでしまった。とにかく最近みた映画の中では最高によい映画だったと思う。