「ウィスキー」

 今週は、しなければいけない仕事はたまっていたのだが、授業が少なかったので、割とのんびり一週間、過ぎてしまった。結構、暇があったのでいろいろ映画をみようと思ったのだけれど、結局はブックオフで買ってきたジェイムズ・エルロイの本をよみまくった。読んだ本は、『わが母なる暗黒』『ハリウッド・ノクターン』『アメリカン・タブロイド』。すべて1950年代から1960年代のアメリカの暗黒世界がテーマだ。その中で『わが母なる暗黒』は、エルロイが実母の殺された事件を解明しようとしたドキュメンタリー。エルロイ文学の暗黒の原点を垣間見れるような作品だが、その暗黒に必死に向き合い母親を正当に評価しようとした作者の視点に共感。『ハリウッド・ノクターン』は短編小説集。エルロイ作品に登場する脇役たちの存在が光る。でも私が好きなのはやっぱり『アメリカン・ダブロイド』だ。ケネディが大統領になる前後の時代を背景に、ケンパー・ボイド、ウォード・リテル、ピート・ポンドュラントという3人の男たちが、裏切りあったり手を結んだりしながら、暗黒世界を這い回る話だ。ケネディ兄弟やエドガー・フーヴァーハワード・ヒューズなど歴史上の人物も生き生きと描かれているのも面白いのだが、やはり主人公たちの魅力が大きい。登場人物の行動を決定するのは正義とか善ではない。むしろ悪であることが多いのだが、それよりも必死に生き延びようとしていく姿にいつもひきこまれていく。物語の中の世界があまりに暴力と悪徳に満ちているので、現実生活のほうが食われてしまい、いつも自分の生活が希薄になっていくような感覚に陥る。
 「自らが選んだ悪夢に忠実たれと・・・」これは、『ビッグ・ノ−ウェア』(私はエルロイ作品ではこの作品が一番好きだ。)のとびらに引用されているコンラッドの『闇の奥』の言葉だけれど、小春日和の日陰程度にしか闇がない浅はかな私にでもぐっとくる言葉である。

 さて、こんな生活の中でみた映画は1本だけ。ファン・パブロ・レベージャ、パブロ・ストール監督の「ウィスキー」。ウルグアイ映画で2004年度のカンヌでオリジナル視点賞をとった作品。去年、見逃してしまっていたので、楽しみにみた。ストーリーは、ウルグアイで小さな靴下工場を営むハコポが母親の墓をつくるため、長年あわなかったブラジルにいる弟・エルマンを呼ぶ。そのときハコポは工場で働いているマルタに偽装夫婦を頼む。マルタは承諾し、なんともウソくさい夫婦の演技がはじまる。やがてエルマンがきて・・・・という内容。ぎこちない兄弟、夫婦、義姉弟のやりとり。最小限の意味のない会話の積み重ねがなんともいえない作品だった。いろいろなことが説明されないストーリーが心地よい映画だ。兄弟の不仲の原因とか、今は亡き母親との関係とか、ハコポ、マルタ、エルマンの気持ちとかそういうことは、最後まで何の説明もされない。主人公たちの感情が吐露されるシーンは一切ない。せいぜい3人とも写真にとられるときに「ウィスキー」と意味もなくはりついた笑顔を浮かべるだけだ。でもそこがたまらなくいい映画だった。ラストシーンがよかった。ちょっとすがすがしい気分になれるところもよかった。